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最高裁判所第二小法廷 昭和32年(オ)110号 判決

福岡県戸畑市沢見中町三番地

上告人

株式会社石田組

右代表者代表取締役

石田公利

右訴訟代理人弁護士

江川甚一郎

鍛治利一

宮崎市南花ケ島町六〇番地

被上告人

向洋木材協同組合

右代表者理事

渡辺桃人

右当事者間の木材売買代金請求事件について、福岡高等裁判所宮崎支部が昭和三一年一二月三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人江川甚一郎の上告理由第一点について

元来、支店および支配人の登記がない場合は、単に善意の第三者に対抗できないだけのことである(商法一二条)。そして商法四二条は,善意の第三者を保護する規定であるから、同条の支店および支配人は、登記の有無にかかわりないと解すべきことは当然であり、所論は理由がない。

同第二点について。

所論善意の点については、被上告人に立証責任はなく、上告人において悪意を立証すべき責任のあることは、商法四二条の立言に照らし明白である。所論原審の認定には、なんらの違法もなく、論旨は理由がない。  同第三点について。

原審は、上告人は本店を福岡県八屋町におき、宮崎市にその営業所を設け、後者は前者の支店であることを認定しているのであり、右認定は原審挙示の証拠から十分首肯することができる。そして右事実によれば本件に商法四二条の適用があることは明白であるから,右支店が独立採算制であつたかどうか、また被上告人が右独立採算制の事実を知つていたかどうかは、なんら原判決の主文に影響のないことである。それ故この点につき原審が判断しなかつたことには、なんら所論の如き違法はなく、論旨は理由がない。

上告代理人鍛治利一、同江川甚一郎の上告理由第一点について。

弁論終結後は、攻撃防禦の方法を提出し得ないことはいうまでもない(民訴一三七条参照)。而して、所論再尋問の申請は、弁論終結後に提出されたものであるから法律上、顧慮するに値しないものである。それ故、所論は採ることを得ない。

同第二点について。

所論は、結局、原審が適法になした証拠の取捨、判断、事実の認定を争うにすぎないもので採用できない。

同第三点について。

原審挙示の証拠によれば、本件取引当時、原判示の支店が存したという原審の認定は十分首肯できる。所論は、原審の適法になした証拠の取捨、判断、事実の認定を争い、かつそれを前提として原判決を攻撃するもので、採用し難い。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 池田克 裁判官 奥野健一)

上告人代理人江川甚一郎の上告理由

第一点 商法第一八八条第四二条違反

原判決はその理由の部冒頭において『控訴人主張の本件営業所が宮崎営業所なる名称を用いていたとしてもその営業所は実質的には宮崎支店といつても一向差支ないものといわざるを得ないしかも訴外永野長良は前叙認定のとおり昭和二十五年四月十六日頃から昭和二十六年十一月六、七日頃までの間控訴人の使用人として宮崎支店の支店長の職にあつたことが認められるので同訴外人は商法第四十二条いわゆる宮崎支店の主任者たることを示すべき名称を附した使用人であると見るのが相当であり、従つて同訴外人は控訴人の支店の支配人と同一の権限を有するものと看做され営業主たる控訴人に代つてその営業に関する一切の裁判外の行為をなす権限を有していたものである』と云い進んで控訴人の主張に対する判断の部(一)項において『元来会社が支店を設けた場合又は支配人を選任した場合はその所在地において登記を受くる外本店及び他の支店の所在地においても登記を受くべきことは商法の明定するところである,しかし右登記は第三者保護のため会社がその支店設置乃至支配人選任をもつて第三者に対抗することを得るか否かの問題を生ずるだけに過ぎないし設置された支店が実質上支店である要件を具備しているときはその登記の有無にかかわらず対内的にも対外的にも支店存在するものとして第三者は会社に対しその設置をもつて対抗し得るものでありしかも商法第四十二条も善意の第三者を保護するため設けられた規定であるから同条は支店又は支店長の登記の有無に関せずその適用があるものと解すべきである、されば控訴人主張の宮崎営業所は前叙認定のとおり実質上控訴人の支店である条件を具備していることが認められるので控訴人は商法第四十二条の適用により本件取引より生じた一切の責任を免れ得ない筋合である』と説示し原判決が事実の部に控訴人の主張として掲げた『(二)支店及び支配人の登記は絶対的必要事項である石田組営業所は支店とし、また永野長良は支配人として登記がないから支店または支配人の存在する訳がない支店でないから商法第四十二条の規定の適用のあるべき道理がない』との主張を排斥した。

しかし支店また支配人の登記は第三者保護のためとのみ解することは大きな誤りで実に国家の経済的社会的取引の安全秩序のために商法がこれを必要としたものというべきであつて登記のない支店また支配人を相手として取引するものを保護する必要はない実にかゝる第三者は自ら危険を犯すもので法律保護の対象となるべきものではないからである、況んや商法が支店の登記を絶対的に命令している以上第四十二条の『支店』なるものは登記のある支店を指したものと解すべきで仮りに実質的条件を具えたものがあつたとしても登記がない以上支店というべきでないことが明らかである、また況んや商法第四十二条は表見的使用人に関する例外的規定で支店に関する例外的規定ではないことから見ても疑を容れないのである、従つて原判決は商法第一八八条第四十二条の解釈の誤り上告人に不利益な判断をしたもので違法であることもとよりである破棄を免れないと思料する。

第二点 証拠判断乃至事実認定の原則違反

次で原判決は同(二)において『仮りに本件取引につき商法第四十二条の適用があるとしても被控訴人には悪意があつた旨主張するが……被控訴人主張のごとく悪意はなかつた事実が窺い得られるので右主張も理由がない』として上告人の主張を排斥している。  しかし登記がないのが事実でこれは争のないところであるから支店としても支配人としても登記のないことを知つていたと見るのが事実認定上の原則である善意は被上告人において立証すべきであるのに原判決が挙げた被上告人の立証は一もこの点に触れるものはない況んや原判決は事実認定上の原則を失念し上告人に立証責任のある如く解していると見られその結果上告人に不利益な判断に達した違法である破棄を免れないと思料する。

第三点 争点の看過乃至判断の遺脱(民訴第一八五条第一九一条第一二七条違反)

上告人は『石田組宮崎営業所の経営は完全な独立採算制であつて控訴人は行為についてはもとより結果についても何等の責任はない営業所は利益は独断を以て処分し得るものであるしかしこの独立採算制であることは被控訴人は十二分に了知していたものである』との趣旨の陳述をし且立証したことは昭和三十年三月十四日附の準備書面及同日附口頭弁論調書の記載に仍つて明確であるのみならず上告人の昭和三十一年十月十八日附の弁論要領において独立採算である証拠を列挙し且諒知についても証拠を挙げていることに徴して疑を容れないところである。

しかしてこのことは一審以来の主張である。(答弁書参照)

しかるに原判決はその理由の部(四)において『控訴人は宮崎営業所はいわゆる独立採算制で控訴人としては同営業所の事業につき会計上全然責任を負わないことになつている旨主張するが宮崎営業所即ち宮崎支店が控訴人の宮崎県における事業経営の本拠でありしかして控訴人は商法第四十二条の規定により本件取引の責任を負担すべきこと前叙認定のとおりである以上宮崎支店即ち宮崎営業所がよしんばその主張のごとき独立採算制をとつていたとしても右事由は会社内部の経理面の関係に止り対外関係においては何等の効力もないから単に独立採算制であつたとの事由を以てしては被控訴人に対抗し得ないものとみるのが相当である。

されば右主張も理由がないとして独立採算制であるとの主張を排斥している。

しかしながら独立採算制であることを知了しながらその支店または営業所と取引したものを保護すべき理由がないことは多く云うの必要はなかろう従つて被上告人がそのことを諒知していたかどうかは必ず判断を与えなければならない事項であるのに原判決は独立採算制であつたかどうかという点については証拠を見ることもなく一蹴し了知の事実については何等の判断をも与えていないこれは一に裁判所の先入から来ているように考えらるゝが兎に角重要争点の看過判断の遺脱である原判決は破棄を免れないと思料する。

以上

上告人代理人鍛治利一、同江川甚一郎の上告理由

第一点 原判決は、民事訴訟法第一八七条に違反する裁判である。

原審は、昭和三十一年十月十八日の口頭弁論期日において、従来の裁判所の構成が、裁判長裁判官甲斐寿雄、裁判官二見虎雄、同長友文士より裁判長山下辰夫、裁判官二見虎雄、同福山次郎に変更されたので更新手続を経た上結審した。そこで上告人(控訴人)は昭和三十一年十一月二十四日付書面をもつて証人として高井静夫並びに長友定男の再証拠調を求める為弁論の再開の申立をした。しかるに原審はこれを黙殺して判決をなしたものである。

ところで民事訴訟法第一八七条は、弁論の聴取並に証拠調べには裁判をなすところの裁判官が真接為すべきものであるとする直接主義の建前を明規する。また第三項は、単独の裁判官の更迭ありたる場合に於て従前訊問を為したる証人に付当事者が更に訊問の申出を為したるときは裁判所は其の訊問を為すことを要す合議体の裁判官の過半数が更迭したる場合に於て従前訊問を為したる証人に付当事者が更に訊問の申出を為したるとき亦同じ。

と規定する。これは同条二項の口頭弁論の結果の陳述だけでは証拠調に関する直接審理が満足されず、殊に証人尋問については、直接応待しなければ証言の信憑性に重大な影響のある証人の供述態度から得られた印象は、新裁判官に伝へられないので特に当事者から尋問の申出をしたときは裁判所は必ずこれを許さなければならないとの趣旨によるものである。従つて上告人は原審において合議体の裁判官の過半数が更迭されたのち、既に証人として証拠調のなされた高井静夫及び長友定男の再尋問の請求をなしたものであるから裁判所は右証人につき再尋問を為さねばならない。

或は、右申請は、弁論終結後その再開申請と共になされたのであり弁論の再開は裁判所の裁量事項であるから(民訴法一三三条)

右規定の範囲外の事柄であるとの論があるかも知れない。しかし、直接主義は事件の審判につき要請されるものである以上、少くとも一つの判決手続の審理において未だ判決なき間はこの精神が貫かれねばならない。即ち同項は直接審理を保障する規定をして実質的に適用されねばならないのである。

判決成立以前は未だその手続は終了していないし、又判決する裁判官はその証人の尋問につき直接経験を経てないからである。従つて本件の如き場合は弁論を再開して右規定の精神を貫くべきものと解するのが相当である。

然るに前記指摘のとおり裁判官の過半数が更迭された後における上告人の証人の再尋問請求を無視した原判決は民訴法一八七条に違反し、それは民事訴訟における基本原理をないがせにするものであるから破棄せらるべきものと信ずる。

第二点 原判決は其の理由において

「同訴外人(永野長良)はその頃被控訴人(被上告人)に対しさきに控訴人が受領委任状により宮崎市から受取るべきことになつていた請負工事金四十五万円は、宮崎支店において他に支払する関係があるから、この際受領せず、他日に延期されたい旨懇請したので、被控訴人も同訴外人に対し、被控訴人は、さきに、商工組合中央金庫に対し、前掲約束手形二通を差入れ同金庫から、支払期日を昭和二十六年九月二十日、支払期日の翌日より日歩金五銭の割合による遅延損害金を支払う約の下に金四十五万円を借入れておる旨を告げ,宮崎支店においても、被控訴人に対し、本件取引金員に対し、その支払期日以降これが完済に至るまで、日歩金五銭の割合による遅延損害金を支払われたい旨申出でたところ、同訴外人も宮崎支店長として被控訴人の立場を気の毒に思い快く右申出を承諾したので、被控訴人も同訴外人の前記懇請を許諾したのである」

「されば、控訴人(上告人)は被控訴人に対し、本件木材製品代金五十八万四千九百四十円四十銭及び内金四十三万五千六百二十七円四十銭に対してはその支払期日の翌日である昭和二十六年九月二十一日以降、内金十四万九千三百十三円に対してはその支払期日の翌日である。

昭和二十六年十一月一日以降右完済に至るまで、いずれも前叙認定のとおり金百円につき日歩金五銭の割合による遅延損害金の支払義務がある。」

と判示する。

即ち、上告会社宮崎支店長永野長良は昭和二十六年九月二十日被上告人より木材買付追加を買受け、その頃、前買付木材代金分金四十三万五千六百二十七円四十銭は右宮崎支店において他に支払する関係があるから他日に延期されたい旨懇請したところ、被上告人はそれでは四十五万円の約束手形(二〇万円と二五万円の二通)は商工組合中央金庫に差入れ支払期日を昭和二十六年九月二十日支払期日の翌日より日歩五銭の割合による遅延損害金を支払う約束で四十五万円借入れしているから、宮崎支店において、本件取引金員に対し、その支払期日以降完済迄右と同率の遅延損害金を支払われたい旨申出で、右永野において之を了承した。

というのである。

しかも、その挙示する証拠によれば、

(1)一審における証人渡辺桃人の供述は

「一四、代金支払を十月迄延期するという話が決りました際私の方としては前述の通り既に手形の割引を受けておりましたのでその延滞利息日歩五銭は石田組の方で支払つて貰うことに協定が出来ました、その延滞利息がいくらになつたか一寸額を記憶しませんが私の方では何時迄も手形を落さぬと私の方の取引が停つてしまいますのでやむなく私の組合の借入金にして貰つて決済しましたその後それに対しては少しまで支払つて現在では未だ約二十万円許り残つて居ります。

右借入金の利息は普通利で三銭です右手形を借入金にして貰つて決済した時期は九月二十日で手形の支払期日であります。

そこで私の方としては実際に於て延滞利息は支払つておりません現実に私の方で支払つたのは借入金としての三銭丈です。

此の三銭の割合の利息は延滞利息を石田組が支払うことを約定したことによつて当然同組に於て負担すべきであります。」

「二二、…………

日歩五銭の延滞金を石田組の方で払つて貰う様約束の出来たのは多分九月十四、五日頃と思います」

(2)同永野長良の供述は

「一二、…………

左様に支払がおくれ気の毒でありましたから原告組合が手形で商工中金から金を借りて居りましたので期限後の延滞金日歩五銭は私の会社の方で支払うことを原告組合に約しました」

(3)二審証人渡辺桃人の供述は

「二、本件取引について資材代金四十三万五千六百二十七円四十銭の支払担保として控訴人会社宮崎支店長永野長良から支払期日昭和二十六年九月二十日とした金二十万円と二十五万円の約束手形を受取つたのですが右約束手形の満期日に請求した処市金庫に資金がなく請負金の下渡が十月初旬になるからそれまで待つてくれと云う事でしたのでこれを承諾した訳ですそして九月末か十月初になつて永野支店長から今度(第四回分)の下渡金では支払が出来ないから次の第五回分の下渡金まで支払を延期してくれと云う申込があつたのです。

しかし、私の方では其の時四十五万円の約束手形は資金の関係から商工組合中央金庫(以下中金と略称する)で割引し現金化していましたので延期を認める訳にはいかないと申しました処永野支店長が中金の方は自分が話をつけるからと云うので二人で中金に行きまして手形決済の延期を申込み尚中金から延滞利息日歩五銭を取られるので其の利息は控訴人の方で負担してくれと云つた処永野支店長も承諾したのであります。

更に追加分として契約した資材も十月二日頃には完納してあつたのでこれも決済が遅れるのでは困るから代金完済までは中金と同様の率による延滞金を支払つて貰う事に約束が出来て支払を延期したのです。

(4)同永野長良の供述は

「二、前述の様に被控訴人に支払延期の交渉をして無理に承諾して貰つた訳ですが被控訴人の方では約束手形を商工組合中央金庫で割引したのでこの方に遅延利息として日歩五銭を支払はねばならないので支払期限後はこれと同率の利息をつけてくれと云う話がありましたので被控訴人会社の渡辺と一緒に中金の方に行きまして話合つた上これを承諾した訳です。

前記約束手形四十五万円は被控訴人に支払うべき四十三万五千六百二十七円四十銭の支払担保として振出したものですが前述の様に第四回分の下渡金で支払が出来ない為第五回の下渡金で支払う事になれば約一月半位で支払が出来る予定であつたので右金員に対する完済までの遅延利息支払の約束が出来たのは十月二日頃で支払期日である九月二十日の翌日から其の利息をつけることになる訳です、そして更に被控訴人と追加分として代金十四万九千三百十三円相当の木材製品の売買契約を締結しましたがこの追加分に対しても遅延利息の要求があつたとすれば承諾しただろうと思いますがよく記憶しません。

とある。右証拠をみると永野長良は、宮崎市より請負つた小学校建築代金の第四回分が九月二十日頃支払われることになつていたので木材買付代金の支払方法として、その受領委任状四十五万円につき)を被控訴人に手交すると共にその履行を担保するため二十万円と二十五万円の約束手形を満期日右同日として振出交付した。ところが右期日には市より支払が出来ないので被上告人にその延期方を要請したところ、被上告人はこれよりさき右手形二通を商工組合中央金庫(以下中金と略称する)に差入れて四十五万円借入れ、右九月二十日以降の遅延損害金として日歩金五銭を負担する約があるからその損害金分を右宮崎支店において負担してくれるならば延期を承諾しようということなので永野長良はこれを了承した事実が窺える。

尤も二審における永野証人の供述に

被上告人は中金に右約手の割引金員につき遅延利息として日歩五銭を支払わねばならないから「支払期限後はこれと同率の利息をつけてくれと云う話がありましたので被上告人会社の渡辺と一緒に中金に行きまして話合つた上これを了承した」旨及び同渡辺証人の「控訴人(上告人)に売渡した木材代金は追加分を含めての取引でありますから其の木材代金全部の支払済までは日歩五銭の遅延利息をつけることを約束した訳です」、更に右永野の「……この追加分に対しても遅延利息の要求があつたとすれば承諾しただろうと思います」

との供述があつて、判示事実に副うが如くである。然し仔細に考察すれば右両名は一審において前記指摘事実のとおり、被上告人の中金に対する四十五万円の遅延利息分を負担することでその代金支払の延期の話が出来たと証言し、更に渡辺は二審では同旨の供述をなしている。而して、延期の話は渡辺桃人と永野長良とが中金に行つて右手形決済の延期方を願つた時、その遅延利息分を右宮崎支店で負担する約が出来たと云うのであるから一、二審における同人等の供述及び二審における渡辺の同旨の供述が事実とみるべきものである。

同人等は第三点で指摘するとおり利害を共通にするものであるから容易に有利な共通の供述がなされ易い。それでも真実は覆い切れるものではなく、四十五万円分及追加分十四万九千余円について明確にその支払期日以後日歩五銭の遅延利息を支払うとの約をなしたことの供述はなしていない。「追加分を含めての取引でありますから其の木材代金全部の支払までは日歩五銭の遅延利息をつけることを約束した訳です」と前記指摘の同時供述において矛盾した而も意見を述べ永井も「この追加分に対しても遅延利息の要求があつたとすれば承諾しただろうと思います」と単なる仮定事実を前提とした推測意見を述べている。

斯様な事実を見れば前記指摘事実のとおり永井長良が四十五万円の延期方を申入れた時には、被上告人が中金に対し負担するであろところの遅延利息日歩五銭は石田組宮崎支店において負担することの約でその延期の話が出来たにすぎないとみるのが正当である。而して其の他に本件木材取引代金に日歩五銭の遅延損害金を支払うべきことの約が成立したことを証する証拠はない。

果してそうならば、上告人は、被上告人が中金に現実に右四十五万円の借入金につき日歩五銭の遅延利息を支払つたときはその損害を填補することの責任はとも角、直接本件木材代金につき履行期後右と同率の遅延利息支払義務を負うべきいわれはない。

然るに原判決が此の点を看過して満然上告人に本件木材代金に対して主文の如き遅延利息の支払を命じたのは採証の法則を無視したものであり、破棄を免かれない。

第三点 原判決は

「控訴人(上告人)は本店を福岡県八屋町に置き、宮崎市にはその営業所を設け、昭和二十一年六月頃宮崎県に対してはその営業所を株式会社石田組宮崎支店として工事指名願に関する請負業者の登録をし、内部関係においては宮崎営業所と称していたが、対外関係においては宮崎支店の名称を使用し、宮崎県下における建築工事を請負い、これが工事を施行してきたものであるから、宮崎市における営業所は、控訴人の土木建築請負を業とする宮崎県下における対外的活動の中心である営業所であつたことが明らかである。しかして控訴人は昭和二十二年八月頃から宮崎支店の顧問をしていた訴外永野長良を、昭和二十五年四月十六日頃同支店の支店長に任命し、同訴外人は昭和二十六年十一月六、七日頃退職したものであるが、予ねてから控訴人は宮崎支店に対し、官庁工事なら融資もできるなら、なるべく官庁工事を取るように指示していたところ、たまたま宮崎支店は昭和二十六年二月二十二、三日頃宮崎市から潮見小学校校舎の新築工事を請負うことになり訴外永野長良は宮崎支店長とし早速技師に工事関係を検討させ、一方資材方面の調査をした上、同月二十四、五日頃控訴人の社長石田公利に対しその旨報告してその諒解を受け、同社長から激励された上、セメント、金物等の資材を廻してやつてもよいと言われたので、同訴外人は昭和二十六年二月二十八日控訴人の宮崎支店長として宮崎市との間に潮見小学校校舎の新築その他の工事の請負契約を締結し、他方被控訴人とは本件木材売買契約を締結して同工事を施行したものである。してみれば、宮崎支店は一定の範囲で独立の権限を有していたことが認められるので、控訴人主張の本件営業所が宮崎営業所の名称を用いていたとしても、その営業所は実質的には宮崎支店といつても一向差支へないものといわざるを得ない。

しかも、訴外永野長良は前叙認定のとおり、昭和二十五年四月十六日頃から昭和二十六年十一月六、七日頃までの間控訴人の使用人として宮崎支店の支店長の職にあつたことが認められるので、同訴外人は商法第四十二条にいわゆる宮崎支店の主任者たることを示すべき名称を附した使用人であるとみるのが相当であり、従つて、同訴外人は控訴人の支店の支配人と同一の権限を有するものと看做され、営業主たる控訴人に代つて、その営業に関する一切の裁判外の行為をなす権限を有していたものであるから同訴外人が右支店長存期間中、同支店長として控訴人に代り、被控訴人と締結した本件木材売買契約は有効である」

と判示する。

即ち、永野長良のなした本件木材の取引は宮崎支店がなしたものであるから本店である上告会社が当然その責に任ずべきものであると云うにある。

しかし上告会社に宮崎支店なるものは存在しない。永野長良が個人で経営し自称する株式会社宮崎支店ないし営業所の取引であつて、上告会社において責を負うべきものではない。

即ち本件に顕れた証拠をみれば

(1)一審における藤田末次の供述は

「二、現在石田組には支店はありません……

小倉支店の開設は何時か判りませんが廃止は昭和二十二年九月二十七日であります、宮崎支店の開設も知りません私が入社前です廃止したのは小倉と同日です。

三、宮崎支店を廃止した理由は支店となると商法上の各種の書類帳簿を整備して置かねばならず非常に事務頻瑣で益するところが少ないと云うので閉鎖した訳であります営業所になりますと登記の手続を要しないとかその他商法上の前述の帳簿類の備付等をせぬでもよろしいという利益があります」

「五、永野長良が何時から宮崎営業所に関係を持つようになつたか本店と営業所が遠距離の関係もあるし会計も別途会計でもあるので全然私には判りません」

(2)同石井藤介の供述は

「五、坂下が退職した際本店が宮崎営業所を閉鎖すると云い出しました、当時営業所には事務所の方に三人位製材所の方に四人許りの従業員が居りましたが営業所を閉鎖すると早速左様な従業員が失職するので何とかしても事業を継続して閉鎖せぬ様にしてくれと懇願しましたが本店の方で承諾してくれませんでした、そこで私は当時の社長石田三司に対して営業所の名前をそのまま自分に貸して貰いたい、そうすれば自分の方で従前の営業所をやつていた事業を継続すれば失業者を出さぬで済むであろうと相談しましたところ石田三司は私の従業員の心情を汲んでくれてその申出を承諾してくれました。唯その際名前は貸すが金銭費用の関係は全然見てやらないぞその代りいく君の方で儲けても本店が貰いもせぬつまり遣りもせんが取りもせんぞと云われて承諾を得た訳であります。そんな条件で私が所長として昭和二十二年十二月二十三日から営業所の事業を始めたのであります」

「七,永野が営業所に関係するようになつた経緯は永野が自分は復興相談所をやつているが税金が高くて困るので君の営業所の責任者ということに名義丈しておいてくれないかそしていくらかでも月給を貰つていることにしておいてくれるならば源泉徴収で税金を納めんでも済むことになるという相談がありましたので当時私も営業所の経理面で非常に苦労していた時でありましたので相談相手になつて貰うのにもよいと思つてその相談に応じた訳であります、永野を営業所の責任者にするということは飽迄名義丈という約束であつたのですが、その後同人は毎月一、二時間位宛営業所に参つていましたので私は月三千円宛を同人に遣つておりました。……

八、その後時期は覚えませんが永野が「ミス大阪」の工事を五拾万円で取つて来てその内二十五万円を注文者から受取つて、小切手口座まで同人の名前で作つて参りました。

それで私はそんな事は一応自分に相談すべき筋合のものではないかと苦情を申しました、その内機構が変つて永野が所長になり、私が資材係に廻る様になりました以上の通りでありまして初め私が営業所の責任者であつたのですが永野が私の地位を取つてしまつたのであります。

九、永野が営業所に関係するに至つた事情は只今申上げた様なことであつて誰から推薦したものでもなし又誰からも懇請して干与する様になつたものでもありません。

永野は初め営業所の顧問として這入つた様に申しているそうですが左様なことはありません顧問として入社することについて私が推薦した様なことはありません永野が入つた当時既に営業所は支店ではなくて営業所となつていました。

永野は営業所に這入つた後所長という名刺を刷つておりました」

(3)同石田三司の供述は

「二、株式会社石田組が宮崎に支店を置いたのは昭和二十一年頃と思います現在支店はありませんが支店を廃止したのが昭和二十二年頃と思いますその後宮崎に支店を置いた事はありません。被告会社の営業所は只今小倉、八幡、戸畑の三ケ所丈けに置いております。……

三、宮崎に於ける支店を廃止した理由は宮崎での事業の成績が挙らなかつたことと、色々商法上の手続が頻雑であるとの外に支店長に独断で仕事をやられる危険があると云う事等でありました。

四、営業所を廃止したのが昭和二十二年末と思います、

当時営業所を可成りな従業員が居りました、そこで営業所を廃止すると言う事になつた時石井藤介から従業員が失業するからこのまま事業を自分達に委せてもらい度い失業すると言うことになるから皆身命を賭してやるだろうからと思うから自分が全部の責任を持つ、それについて会社が宮崎に持つている土地建物機械器具を借りたいと云う話がありました。そこで石田組としてはそれではその申出を全部承諾するが今後の事業に付いては一切石田組はないのだぞと云う事を念を押して石井の相談に応じた訳ですがその時の約定として従来宮崎営業所が持つていた赤字は石井に於て引受けて貰う事になりました」

とあつて、これを綜合すれば上告会社は宮崎に昭和二十一年頃支店を設置したが、その事業振わず予期の成果を挙げることが出来なかつた為と支店は商法上手続が頻雑であること及び支店長が独断で営業に関し取引ができるのでその濫用の危険も大きいので事業が振わないことを主たる理由として昭和二十二年九月頃廃止された。ところが其の際右支店において主として活動していた石井藤介が閉鎖になればその従業員も失業するので何とか事業を継続して閉鎖せぬ様にしてくれと本店(上告会社)に懇願したが本店の右意思は動かなかつた。

そこで右石井はそれでは営業所の名前をそのまま自分に貸して貰いたい、そうすれば自分の方で従前の営業所のやつていた事業を継続すれば失業者も出さずに済むからと尚も請願したところ、当時右会社々長であつた石田三司は右のように失職者が助かるのだからと懇願され断り切れず、それではとこれを了承し、其の代り今後の事業について石田組は一切関係ないのだと言い含め、かくて石井が株式会社石田組宮崎営業所の名称を用いて、同様営業をしていたのである。右石井は右営業所に拠り、昭和二十二年十二月二十三日から営業を始めたところが知合の永野長良が、自分は復興相談所をやつているが税金が高くて困るから自分を君の営業所の責任者ということに名義丈貸してくれないかといつて来たので石井はこの相談に応じた。そうするうちに永野は勝手に「ミス大阪」の工事を五拾万円で請負い右自己の名義で小切手口座まで作り名刺を所長と付したものを持歩く様になつた。

そして、石井が財力的に貧弱であるのに対し永野は相当資力がありいわゆるこの地方での顔も効くところからずるずると同人のなすことを黙認しているうちついに実権をも彼が握つて対内対外共に右営業所長として営業活動をなして来たものである。

このような永野長良の営業取引の一つが本件取引である。社会通念に従い本件証拠を審査すれば以上の事実が認められる。

更に

(イ)一審証人加来野光郎の供述に

「一、私は昭和二十六年四月二十五日に宮崎に参りまして原告組合より木材の買付けの約束をした事があります。

一、右前約三回に亘り交渉及び代金の支払いに際し再三宮崎の営業所と被告会社とは本件は勿論其の外一切の事業関係物質の取引其の他内部的外部的にも何等関係のない事は原告側にも話しているので原告は十分其の事実を承知して居る筈で従来も原告組合から宮崎営業所の事に関して被告会社に一言も申出た事もなく本件についても原告組合専務が二度も被告会社本店迄も来て接渉して居る点から見てもその内情を知つている事は間違いありません」

「一六、石田組が昭和二十六年四月下旬に小倉の盲学校の建築工事を請負つた事があります。

その時の資材を原告組合から小倉の盲学校の工事を取つたから宮崎に適当な資材の買入先を詮策して呉れと言う相談をうけましたのでこれを引受けましたが私も余り宮崎の県内を知りませんので石井藤介にその話をしましたところ同人が原告組合に私を連れて行つて呉れました。

その時渡辺桃人と言う専務理事と言う肩書ある人に会いましたところ材木が有ると言うので値段の接衝に這入りました。……

その際私は宮崎に石田組と言うものがあるがこれは福岡県の本店とは全然無関係である……と云う話を致しました」

(ロ)同石井藤介の供述に

「二一、津高との文渉に私が参つたのは一回丈ですそして渡辺桃人に会いました。

以前に石田組本店の木材を買つた事があるので渡辺に今度は私の方の木材を買いに参りました私の方の営業所は本店とは会計が全然別になつていて営業所丈の会計ですから組合の取引は出来ませんから委任状で取引して下さいと申しましたところ渡辺もそれでよろしいと云うたのでそれでは御足労ですが私の方の事務所に来て契約書を作つて下さいと申して帰りましたが渡辺が私の事務所に来てくれまして永野と会つて契約しました」

(ハ)同藤田末次の供述に

「六、宮崎営業所は本店とは全然別途会計つまり独立採算制となつて居りました。

宮崎営業所は石田組の名に於て土木請負をやるが会計は全然本店とは別個独立で無関係でありました。……

七、石田組の工事請負手続は一般的には社長の名に於てやつておりますが特に営業所の指名でやるものは営業所長の名をもつて致しております。

宮崎は営業所でありますがこれは前述の通り独立採算制でありますので宮崎に関する限りは本店に関係なく独立でやつておりました。……

八、…………

勿論本店が永野を営業所長として任命した様な事実もありません……」 とあるとおり、昭和二十六年四月頃小倉の盲学校の建築資材として被上告人より木材を買付けた際には上告会社と宮崎支社とは何等関係がなく石井、永野等が独自に営業していることを告げ、石井藤介も本件取引に当つて其の旨を被上告人組合の渡辺桃人に告げているのである。

ところが永野は請負つた小学校々舎の建設が資材や労賃の急騰やらで宮崎市より請負代金の支払も思うようになされず、仕事の過大もあつてついに中止の已むなきに至つたため、本件木材購入代金の支払も出来なくなり今まで上告会社宮崎支店ないし営業所の支店長(又は営業所長)として取引し、本件取引もそしたことを奇貨として永野はその責任を上告人に転嫁すべく被上告人と策動したのが本件である。

惟うに商法四二条は実質的に本店又は支店が存在する場合を前提とするものであるから実質的に支店でない限り即ち法律上本店支店の関係にない限り支店の行為につき本店がその責を負うべきいわれはない。たとへ名板貸しでもそれは本店の行為として本店が責を負うのではなくそれはその様な場合を法律が特に保障するときに限ることは(商法二三条)他人の行為につき自ら法的責任を負うことのない現代法制上より明らかであろう。

しかるところ、本件において右宮崎支店ないし営業所なるものは既に昭和二十二年廃止され、其の後は石井藤介ー永野長良において本店とは何等関係なく株式会社宮崎支店ないし営業所名称を用いて独立に営業をなし来つたことが明かであるから、永野の本件行為は商法四二条にいう支店の営業の主任者たるべきことを示すべき名称を附したる使用人の行為と云うことを得ない。

然るに原審は斯様な諸事実を看過して右永野長良の証言を信用したのは採証の法則に反すると共に支店たるの実をもたない右宮崎支店を実質を備えたものであるから上告人は商法第四二条により責任を負うべきものとしたのは右法条の適用を誤つた違法があるものと云うべく破棄を免かれない。

以上

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